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オウム真理教 弁護士 青山吉伸 [弁護士]


オウム真理教・教団の顧問弁護士・青山吉伸さんについて知りたい方が多いようですね。


というわけで、今回はオウム真理教 弁護士 青山吉伸という記事をまとめていこうと思います。


まずは、軽く彼の紹介をしていきます。


1980年3月9日生まれ、元オウム真理教の幹部でもあり、教団の顧問弁護士でもあります。


ホーリーネームはアパーヤージャハ。


教団が省庁制を採用した時は法務省大臣でした、


大阪府柏原市出身で、大阪府立高津高等学校を卒業し、京都大学法学部を卒業しています。


大学在学中の21歳で司法試験に合格するという半端じゃない頭脳の持ち主です。


彼がオウム真理教に入団したきっかけは、意外と単純なもので、
彼は通勤電車が原因で腰痛を持っていました。


治療のためにヨガ道場に通い始めたのですが、
そのヨガ道場がオウム主催のものであったことから、 麻原彰晃(松本智津夫)の著作した本を読むようになりました。


そして、このヨガ道場での修行で腰痛が治ったと本人は言っています。


そして、1988年にオウム真理教に入信し、
1988年には「なにわ共同法律事務所」から独立を果たし、「青山法律事務所」を開設しました。


そして、1989年に12月5日に出家し、教団の顧問弁護士を務めるようになったのです。


1990年10月には国土利用計画法違反事件で逮捕され、12月まで拘留されています。


そして、彼は教団のスポークスマン(報道官)として、教団幹部である上祐史浩氏たと度々、
記者会見などでメディアに出てきてこのころから一気に有名になっていきました。


画像はこちら

あお.jpg


そして、警察の強制捜査で教団信者たちが逮捕されたとき、
弁護士という立場を生かして、拘留されている信者と接見しました。


すると、それまで自白をしていた信者たちが途端に自白をしなくなりました。


この理由は彼が信者たちに「修行が足りない」などと脅して、オウム事件の露出を阻止していたのです。


1995年には東京・南青山の教団新東京総本部ビルで記者会見し、
山梨県上九一色村の有機肥料会社社長が教団施設にサリンを撒いたとして殺人未遂罪で甲府地方検察庁に告訴したことを発表したが、逆に、肥料会社社長への名誉棄損で逮捕されました。


そして、1995年には日本弁護士連合会から弁護士登録を抹消されています。


他にも彼は、教団と対峙していた弁護士・滝本太郎氏をサリンを用いて殺害しようとした滝本太郎弁護士サリン襲撃事件で、滝本氏を呼び出す役割を勤めていたことで、殺人未遂罪で起訴され、懲役12年の実刑判決で判決は確定されました。


そして、現在は出所しています。


そして、釈放後は大阪に戻り、父親の残した遺産で生活しているそうです。


そして、お見合いで学生時代の同級生と結婚しています。


また、教団とは縁を切りたいようで関係者とは一切連絡を取っていないようです。


彼についてはこんな感じですね。


彼はもともと、まともな人間だったという声が多いことからも、
オウム真理教と関わったことで、人生がめちゃくちゃになる典型といえるのではないでしょうか?


そう考えると何とも言えないですね。


もちろん間違ったことをしたのは彼自身ですが、
麻原彰晃と関わらなければこんなことにはなっていないでしょうし…


そう考えると少し同情してしまいます…


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