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オウム真理教 4女 [子供]


今回はオウム真理教・麻原 彰晃(松本 智津夫)の4女についてまとめていこうと思います。


四女の名前は松本聡子さん。


あさはらむすめ.jpg


「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~


こちらの本の著者です。


この本の概要、麻原の子供というだけで壮絶な人生を送られた四女を含めた子供たち、
彼らがどのような差別を受け、どのような経験をしてきたのかはこちらの記事でまとめました。

オウム真理教 子供 現在


子供は親を選べないという言葉が身に染みる内容となっています。


子供には何の罪もないのに、世間の声は厳しいですね。


彼らはあくまでも被害者なのです。


普通の子供の用に学校に籍を置くことすら許されない、
学校に行ってもいじめられる、家すらまともに住めない。


これらの境遇は想像に余りあります…


ここからは四女の聡子さんが話したインタビューでの内容に触れていきます。


インタビューで四女の聡子さんが話した内容によると、
彼女がよそった給食だけ受け取ってもらえなかったり、
行事でクラス写真が掲示板に貼られていると、彼女の顔に穴があいていたり…


中学では男子からの暴力もうけたそうです。


毎日学校から帰るころにはあざだらけになっていたそうです。


そして、家周辺から通学路にまで「オウムは出ていけ!」
という看板がたくさん貼られていたそうです。


それから家出を試みるが、引き戻されたり、
母親が出所するも定職に就かず、信者からのお布施で生活をするなどしていて、
そういう家族の行動が嫌で何度も家出をしたそうです。


そして、嫌なことがあるたびに修行に没頭して現実逃避をしていたそうです。


その修行が具体的にどんな修行だったのかはわかりませんが、
修行中に父親の姿(幻覚)が見えるようになってきたそうです。


そして、幻覚の父が指示を出してくるようになりました。


あさ.jpg


その指示はすべて彼女の意志とは反するものでした。


幻覚とはわかっていながらも殴られれば本当に痛いし、あざもできるので、逆らいようがなかったそうです。


一種の洗脳か何かでしょうか?


もともと、麻原彰晃は4女からしてもさっきがあって怖かったそうです。


この現象は宗教的に言うと、「グルが見え出す」段階に入ったということのようで、
上祐史浩さんをはじめとした多くの信者から「尊師のいうことを聞いた方がいい」と言われたそうです。


幻覚の中の父親は「なんとかして教団の皆をまとめてほしい」と言っていたそうです。


そんななか、当時対立していた上祐氏、村岡氏の両側から「教団を手伝ってほしい」と言われていました。


結局、彼女はどちら側にも就かず身を引きました。


何より私が感動したのは、聡子さんは今までオウムのせいで人生をめちゃくちゃにされたにもかかわらず、
こんな考えを持っておられました。


彼女は脱退してから脱退した信者たちと関わっていたのですが、
心から脱退した信者は少なく、彼女とその信者たちは意見が対立していました。


彼女の意見としては働いてお金を稼いで自立して、オウム事件の被害者の方に賠償したいという考えだったのです。


彼女はいわば、被害者と言ってもいいし、
麻原彰晃から賠償される側と言ってもいいのです。


にもかかわらず、そんな言葉が出るなんて涙が出そうになりました。


もちろん、本心かどうかはわかりませんが、半分以上は本心だと思います。


死刑囚の父親を持つものとしてはおかしいかもしれませんが、
死刑制度には反対しておらず、「父は死刑になるしかない」と述べておられますから。


ここまでは彼女の苦悩に同情できるのですが、時折言っていることに矛盾がある発言もあります。


精神的な病と闘っているため、仕方のないことなのかもしれませんが、
ここまでは彼女は麻原を批判している発言をしていたのですが、
たまに麻原を崇拝する発言もしているのです。


これは多くのオウム信者、アレフ信者、そして一般人をも混乱させています。


彼女は家出したとき、江川紹子氏が彼女の未成年後見人となりました。


そこで、二人の当然の約束として
・教団の信者とは接触しない
・教団の活動をしない


この二つがありました。


しかし、江川紹子氏はこう話しています。


四女は私との約束を破り、元信者と接触し、
「私には尊師から(霊的に)コンタクトがあり、尊師の意思がわかる。私について来なさい」
と話し、麻原崇拝グループを作ろうとしていたのです。


これがいわゆる裏オウムグループですね。


四女から裏オウムグループの幹部の地位を与えられていた元女性信者A子さんは、
四女と同居していて、一つのことに気付きました。


これは「四女が江川さんを裏切っていることになるのでは?」と。


そこで、A子さんは上祐氏にこのことを相談します。


そして、上祐氏自身も人脈を使って四女が実際に裏オウムグループを作ろうとしていることを調べ上げました。


上祐氏が代表を務めている「ひかりの輪」の会員にも四女から勧誘を受けたものがいました。


そうして、上祐氏から江川さんの所へ連絡が来て、
江川さんが四女に問いただそうとすると、四女は何の弁明もせずに、 江川さんのもとから姿を消したのです。


後々、四女はこのことを認めています。


「父の支配から逃れられなかった」と。


麻原崇拝の事実を隠した結果、このような矛盾した事実が生まれたのです。


よって、最初に紹介した本「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~


こちらの信憑性は低いという意見もあります。


個人的にも確かに信憑性は低いと思えます。


矛盾がかなり多いですからね、


しかし、人間なので、常に正しく生きられるものではありません。


さらに言えば、こんな環境で育った四女が完全にまともな発言だけをして、
まともに生き続けられる方が不自然だと思います。


四女の不自然の発言には矛盾がありますが、「ある意味不自然な発言をすることこそ自然で、
仕方ない部分もあるのではないでしょうか?


最後に、
松本智津夫(麻原彰晃)の長男の現在とたどってきた人生、大学についてまとめた記事はこちら

オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!?


麻原逮捕後のオウム真理教の分裂と現在の名前、活動内容をまとめた記事はこちら

オウム真理教 現在 名前



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