松本智津夫 両親は? [麻原彰晃(松本智津夫)]
松本智津夫(麻原彰晃)の両親について気になる方が多いようですね。
というわけで、今回は松本智津夫 両親は?という記事をまとめていこうと思います。
まずは、オウム真理教に関する最新のニュースをシェアしたいと思います。
おととい1月27日にオウム真理教元信者・高橋克也被告の公判が東京地裁で行われましたね。
ここで証人として出廷したのは猛毒VXガス襲撃事件の実行グループの一人であり、
懲役20年の判決が確定している元信者の山形明受刑者です。
この日は、山形明受刑者にしか知りえない、当時の高橋克也被告の信じられない発言が明らかになりました。
事件当日は雨が降っていて、高橋被告は傘を使って山形受刑者の犯行を隠したとされています。
その時の山形受刑者が聞いた高橋被告の発言が信じられないもので、
「傘を倒して隠したが、全然気付かれなかった。(永岡さんは)雨のしずくがかかったくらいにしか思っていないだろう。完璧な仕事だ。職人芸だ」と言っていたと証言しています。
早く判決が出てほしいですね。
さて、それでは本題に入ろうと思います。
麻原彰晃 生い立ち
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以前、こちらの記事でも松本智津夫の両親には軽く触れているのですが、
今回はさらに深く迫っていこうと思います。
上記の記事でも書いている通り、9人兄弟の第7子として生まれた松本被告の家は
小さいころからかなり貧しく、両親は働きづめだったため、兄や姉を親代わりに子供時代を送りました。
父親は敗戦で朝鮮から引き上げ、叔父を頼って八代に住んで、畳職人として働いていたが、
需要は落ちていき、子供が7人もいるので生活は苦しくなっていきました。
父親は在日説、部落出身説という噂がありましたが、オウム真理教大辞典によるとこれはデマだとされています。
そして、松本被告のゆがんだ人間性は小さいころに形成された部分が強いとみている専門家がほとんどです。
というのも、彼は全盲だったわけではなく、片目の視力は1,0あったため、目は見えていました。
しかし、兄が全盲で盲学校に転校するからという理由で松本被告も盲学校に入れられたのです。
そして、親に「学校では目の見えないふりをしろ」と言われ続けた。
(盲学校では学費、寄宿舎代、食費も不要だから)
これを彼は親に捨てられたと感じていたそうです。
そして、その悲しみを埋めるためなのか、心の隙間を埋めるためなのか、
盲学校では周りの生徒と違い、自分は目が見えることを武器にして、
他の生徒をいじめたり、今でいうカツアゲをしたりしてクラスを支配していたそうです。
驚くことに、そうやって貯めたお金で学校を卒業するころには300万円というお金を貯金していたそうです。
このころから普通じゃないですね。
両親の愛を受けることができずに、自己愛だけがどんどん大きくなってきた典型だといわれています。
子供がどう育つかは親の教育による影響が大きいと納得できますね…
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